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NIPPONIA宿泊で覚醒 社員旅行2022 Vol.3

前振りが長くなってしまったが、宿泊した篠山河原町のNIPPONIAフロント棟(ONAE棟)と宿泊棟の話に戻ろう。

篠山市 バーガー屋 ©創造舎


ONAE棟は、街中に散在している宿泊棟群の中ではJR篠山口駅に比較的近い位置にある。フロントとレストランがある唯一の棟で、宿泊棟群の要でもある。したがって宿泊客は、まず最初にこの棟へ向かい、チェックインを済ませる。その後、徒歩で街を散策しながら、あるいは車で宿泊棟へ向かう。また、食事の度にこの棟を訪れる。

NIPPONIA ONAE棟 ©創造舎


建物の構成は、間口の広い平入の町屋で、かつては通り庭に沿って2列×3部屋、合計6室が並んでいた。現在、街路に面したかつてのみせ空間にはレストランの厨房が入り、中庭側の空間がゲストが食事をする部屋になっている。

ONAE棟 レストラン ©創造舎


一方、篠山河原町にある町屋の大きな特徴は、妻側を通りに向けていることだ。多くの町屋の間口が4間程度と狭いのがその理由ではないかと推測するが、諸説あるようだ。また、厨子二階(つしにかい)が多く、結果として軒高や棟高が低い。通りに面する庇には、背伸びをしなくても手が届いてしまう。

河原町妻入商家群 ©創造舎


河原町の入口に近いYOMENA棟は、やはり妻側を通りに向け、通常の二階を持つ町屋宿泊棟だ。

YOMENA棟外観 ©創造舎

YOMENA棟、寝室、通り側 ©創造舎


一方、筆者の宿泊したYAMAZINO棟は、妻側を通りに見せ、厨子二階の建物が二棟隣り合わせに建っている宿泊棟。部屋の構成としては典型的町屋で、通りに面した玄関を入ると、隣にかつてのみせ空間がある。

YAMAZINO棟、外観 ©創造舎


そこは現在は土間で、机と椅子が置いてあり、宿泊棟のプライベート空間と河原町の通り空間とが融合したグレースペースになっている。かつてのみせ空間がどのように機能していたのか体験するには絶好のスペースだ。

みせ空間、通常はあまり経験できない空間 ©創造舎


玄関からは框を上るので、YAMAZINO棟には通り庭がない。各部屋を結ぶのは奥に伸びる廊下であり、なかのま、ぶつま、ざしき、中庭を結び、最奥にはトイレと浴室がある。特筆するべきは、ナカノマの天井を抜いて、ぶつま、ざしきの天井は残し、廊下に沿って進むシークエンスに変化をつけていることだ。そして、この天井を抜いた痕跡が明らかに見て取れることからも、最小限に手を加える、という意図を感じ取ることができる。

寝室の天井 ©創造舎


妻側を通り側に持つ町屋は奥に向かって部屋高に変化がない(桁、棟木が同じ高さで奥に向かっているため)ので、この手法は奥行き方向のシークエンスに変化をつけることができ、且つ小屋組を見せることによって、空間をダイナミックにすることもできる。
寝具は例外なくベットで、床は板葺き。足裏をほのかに暖かく感じたのは、多くの場合、杉板を敷いてあったからであろう。一方で、むき出しになった勾配天井の天井材は、少々安っぽく見えた。

寝室 ©創造舎


洗面台は、洗面器の色に合わせ、ダーク系の板。その上に、白い衛生的なシャンプーやリンスのチューブ、タオルが置かれ、歯磨きなどは生成りの小さい紙箱にはいって整然と並べられている。

洗面台 ©創造舎


この篠山、竹田の町屋宿泊体験を通して、私たちは、昔日の身体感覚が呼び覚まされたかのような体験をした。それはまず、ONAE棟でのレストランへと入る上り框を、靴を履いたまま上ることで強く意識された。「靴は履いたままでいいですか?」とおもわず聞いてしまうが、おそらくコンシェルジュはこの質問を、毎回されるのではないだろうか。少々のためらいのあと、室内へ踏み込むと、知らないうちに私たちの意識は新たな日本空間感覚Ver.2.0へと更新されてしまう。

ONAE棟、通り庭 ©創造舎


思い返せばその前に、そもそも、軒が低かった。ONAE棟の庇はかなり低い。そのうえ、建物は街路面よりも一段低い敷地に建っている。軒先に手が届くのに、更にそこには暖簾がかかっている。ここをくぐったときはすでにNIPPONIAワールドへ足を踏み入れていたのだった。

河原町の町屋 ©創造舎


これら一連の経験は、神社参道空間のシークエンスを想起させる。神社では幾つもの境界を横断しなければ神前に辿り着くことができない。鳥居をくぐり、太鼓橋を渡り、階段を上り、門の敷居を跨ぎ、神前に辿り着いたと思ったら、神は幾重にも建てられた格子や幕の向こうにその気配を漂わせるだけ。神社は日本の奥空間を感じさせる仕掛けのオンパレードだ。
ところで篠山では、神社のようには階層化されているわけではないが、幾つもの越境、空間の低さ、肌感覚に合う土壁の肌理、慣習の殻を破る行為(靴をはいたまま上がり框をあがる等)などを通して、NIPPONIAワールドを体験する。それは、長い間飲むことができなかった味噌汁を一年ぶりに飲むように、すっと体に染み渡り、なぜかしっくりくる。そして、私たち日本人の身体感覚と町屋空間の浸透圧がほぼ等しいということを改めて気づかせてくれる。

河原町妻入商家群 ©創造舎


篠山、竹田におけるこれらの一連のNIPPONIAワールド体験は、忘れてしまっていた記憶、奥底に眠っていた身体感覚(日本空間感覚Ver.1.0)を覚醒して、日本空間感覚Ver.2.0へと更新する旅でもあったのだ。