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七ブラと千ブラ、ついでに銀ブラ

人宿町人情通り界隈歴史探訪
人宿町人情通り。駿府城下町の一画、新通りと七間町通りに挟まれた旧東海道の一辺であるこの通り界隈は、人々が集う交差点でもあり、様々な歴史の交差点でもある。
その歴史を深掘りし、通り過ぎて行った人々や事々の物語を紡ぐ。
今回のテーマは「映画の街、人宿町人情・七間町通り界隈と千本通り界隈」。

あるライターさんが、京都の千本通り界隈と静岡の人宿町人情通り、七間町通り界隈が似ている、というのである。調べてみると、なるほど、似ている。そこで、この二つの界隈について、少々比較してみたい、と考えた。そうすることによって、人宿町人情通りとその界隈の都市的状況をより明確に把握するために。

京都、千本通りはかつての平安京の中央の大通り、朱雀大路だった。やがて、京の中心部は東に遷移してゆき、いつしか千本通りは中心部の西端になってゆく。
明治の後半、この通りに日本映画の父といわれる牧野省三が西陣千本座を開いたことから映画関係施設が集まり、現在の西陣千本通商店街界隈を中心に映画館街が形成された。
この映画館街のあった西陣地区は西陣織の生産地であり、戦後、職人が多く住んでいた。夕方になると、この界隈を街ブラする多くの人で賑わったという。これを世に「千ブラ」という。
しかし、やがて日本の多くの映画館街をデーモンタイムが襲う。テレビが登場したのだ。テレビの各家庭への普及とともに映画産業は斜陽を迎え、映画館街には人が集まらなくなった。千本通商店街界隈も例外ではなく、1970年台初頭から衰退がはじまったという。少なくなった映画鑑賞人口を遠方から集める必要があったが、交通ハブからのアクセスが悪く、衰退に拍車をかけた。
(参考:千本商店街さんの姉妹サイト、「千ブラ!」)

この衰退の歴史、地域名をそっくりそのまま、人宿町人情通り、七間町通り界隈と置き換えてみても違和感はほぼない。この界隈も、駿府城下町の町人町であり、職人たちが多く住んでいた。映画は大衆娯楽の一つで、仕事が終わると、ネオンの煌めくこの界隈をブラブラと徘徊する人々で賑わったという。こちらが世にいう静岡の「七ブラ」である。ところがTVの普及と映画産業の衰退が重なり、また静岡駅という交通のハブからも微妙に遠く、人の足が遠のいてしまった。

類似性はまだある。千本通は前述のように、かつての朱雀大路の一部で都市のメイン道路だった。これがなぜ千本通といわれるようになったかというと、北の要、風水にて玄武とみなされた船岡山の西麓にあった葬送地の沿道に卒塔婆を千本建てたことに起因するという。このあたり、前回、寺町の回で書いたひやん土手を彷彿とさせる。ブラブラ歩く映画通りの向こう、都市の辺境では、ポッカリと冥界への入口が口を開けていた。
一方の七間町通りの名前の由来は、通りの幅が七間(約13m)あった、もしくは独占販売の座が七つ並んでいたからなど、諸説あるようだ。そして、七間町通りは、言わずと知れた東海道の一部であり、かつ高札の掲げられた札ノ辻や、先に進むと駿府城の正面玄関、大手門がある大手筋だった。そう、七間町通りは、かつて駿府城下町の主要街路だったのだ。
そして、何より似ている、と思わせるのは、数字にブラをつけた街歩きが、かつて両地域の特徴を際立たせていた、という事実だろう。

朱雀大路に言及したので、風水についても書いておきたい。京都は四神相応の地である。北に玄武としての船岡山、東に青龍としての鴨川、南に朱雀の巨椋池、西に白虎の山陰道が通る。そして、駿府城下町も四神相応の地である。北に竜爪山、東に巴川、南の安倍川を朱雀に見立て、西には東海道が通っている。

左:京都の四神相応(日本の都市空間、都市デザイン研究体著、P31) 
右側:駿府の四神相応(東海道駿府城下町(上)P139)


四神相応はあり得ることとして、両者の類似の多さには驚く。この類似性を更に鮮明にするために、現在でもピカデリーなどを擁し、銀ブラの地、銀座とも隣接している映画館街、東京の有楽町と比較してみよう。有楽町界隈はかつての数寄屋橋があった周辺で、江戸城外郭部分に位置している。ここで、大手筋というような構造的類似性を見出すことは難しい。

下絵:正保年中江戸絵図 国立公文書館デジタルアーカイブより


テーマからはずれるが、数寄屋橋は、かの「君の名は」の舞台になった場所でもある。現在、映画「君の名は」で使われたカメラが時空を飛び越えて、この静岡の七間町シネマ通りに展示されているので、是非足を止めて見ていただきたい。

このように、日本の東西を問わず、ここまで、映画、都市構造、歴史、ネーミングなどが似ているのは非常に興味深いことだ。

左側:駿府城下町部分(下絵:駿河府中之図 東京大学総合図書館南葵文庫蔵)
右側:京都部分(下絵:京大絵図(貞享3(1686)) 国立国会図書館ウェブサイトより


その七間町界隈と千本通り界隈の類似性を、再度、まとめてみる。

都市構造の類似性
・グリッド構造の中にある。
・かつては都市の中で主要な街路であった。
・都市そのものが四神相応の地である。

映画の歴史的類似性
・かつては職人街であった。
・映画館が集まり、賑わっていた。
・その賑わいは、銀ブラならぬ、七ブラ、千ブラといわれた。
TVの出現と映画産業の斜陽により、賑わいが失われていった。

最後に、多くの類似点があるとはいえ、比較を通して浮かび上がる人宿町、七間町界隈の特徴を挙げておきたい。それは、千本通り界隈が一本のまっすぐな通りを中心としているのに対して、人宿町、七間町界隈には屈曲した東海道がある、ということだ。そして、この屈曲する辻(交差点)で挟まれた街路部分が、それぞれ「人宿町人情通り」及び、「七間町通り(札ノ辻までの間)」という特徴ある街路を形成している、というのが際立った特徴といえるのではなかろうか。

参考文献
「東海道駿府城下町(上) 東海道中核都市の誕生」 企画・監修:建設省静岡国道工事事務所、編集・発行:社団法人 中部建設協会 静岡支部 1996
「日本の都市計画」 著者:都市デザイン研究体 彰国社編 1968
「千ブラ!」 https://www.1000bura.com/

筆者:川合
ドイツを中心にヨーロッパの大都市、小都市(独ロマンチック街道、仏プロバンス、伊トスカーナ)に魅せられ、ヨーロッパでの生活、旅についてツーリズムサイトあるいは某芥川賞作家の運営するサイトにてWEBライターとして執筆。
ミュンヘン工科大学にて博士号取得。ドイツ、ミュンヘンの設計事務所に勤務し、ミュンヘン郊外のプリンツオイゲンパーク大規模住居エリア開発では、中核となる建物の実施設計などを経験し、帰国。