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ピカデリーの名は

人宿町人情通り界隈歴史探訪

人宿町人情通り。駿府城下町の一画、新通りと七間町通りに挟まれた旧東海道の一辺であるこの通り界隈は、人々が集う交差点でもあり、様々な歴史の交差点でもある。
その歴史を深掘りし、通り過ぎて行った人々や事々の物語を紡ぐ。
今回のテーマは「七間町通りにあった静岡ピカデリー」。

OMACHI創造計画の端緒となったアトサキセブン、アトサキラーメンプロジェクトが実践されたのは、オリオン座、静岡ピカデリーそしてミラノという映画館施設群が閉鎖され、伝馬町のシネコンへとなったからだった。
ところで、映画館の名前というのは、面白いものである。銀幕に投影されるシネマの光が宇宙の星座を連想させるオリオン座については前回言及したが、ピカデリーという名前にも何か因果関係がありそうだ。

ピカデリーの語源となっているのは、イギリスのピカデリー・サーカスだ。そこは映画館が林立し、ネオンが煌めく喧騒の広場で、これにあやかってお名前を拝借したものらしい。ところで、静岡のピカデリーは、ロンドンのピカデリーからダイレクトに引用されたわけではなく、有楽町や新宿を代表として日本全国にあるピカデリーを経由して命名されたものだろう。

写真1:picadelly_circus


ピカデリー・サーカスは、ロンドンの大通り、リージェント通りにあり、ネオンが眩いエンターテインメント施設の集積する広場である。サーカスというラテン語は円を意味し、街路が交差する円形の広場部分を指す。

写真2:Piccadilly Circus, and its famous video display at Dawn.


都市計画、建築計画的には、しかし、面白いのはピカデリー・サーカスに接続するリージェントストリートの大円弧を描くQuadrantだろう。リージェントストリートを設計したのはJohn Nash(ジョン・ナッシュ)。19世紀初頭のことである。このカーブは、イギリスの温泉療養地Bathバースにあるサーカスという18世紀中旬に建てられた建物に影響を受けているが、このバースのサーカスとナッシュのサーカスは、世界中の多くの都市にある曲線街路計画に大きな影響を与えている。ミュンヘンでも、現在一番重要な旧市街への都市門であるカールスプラッツ(カールス広場)に湾曲した街の表情を見ることができる。

このロンドンの大円弧がどのような意図で計画されたのか、見てみよう。フランス革命にて王政が打倒され、ヨーロッパでは風雲急を告げる大変革が起こっていた。時のイギリス王室皇太子であった後のジョージIV世により、ナッシュはリージェントパーク(図2中、上部)とチャリングクロス(図2中、右下)とを繋ぐ計画を依頼された。

図1(左):七間町通り、ピカデリー座、人宿町人情通り、新通り(下絵:駿河府中之図 東京大学総合図書館南葵文庫蔵)
図2(右)リージェントストリート、ピカデリーサーカス(下絵:John Summerson, Georgian London, 1988)


図を見るとわかる通り、リージェントパークから南へ延びる街路と、チャリングクロスから北へ延びる街路は軸がずれている。これを繋げるのが、ピカデリーサーカスからクルっと伸びるクアドラント(四分円)といわれる壮麗な円弧(図中オレンジ部分)である。

写真3:現在のQuadrant、Luke Stackpoole撮影、出典:Unsplashより


このようにナッシュは、皇太子から与えられた異なる二つの通りを繋ぐという都市的課題に対して、クアドラント(四分円)を設置することにより解決すると同時に、壮麗な都市空間をも創り出した。この空間を体験すると、つくづくと思う、良い都市計画家と良い建築家のいる都市というのは、実に幸せである、と。

ところで「人宿町人情通り」は東海道が屈曲した部分にあるが、南から新通りが、北からは七間町通りが走ってきて、その二つの通りを繋いだ街路でもある。

一方は、円弧で、一方は直線で結ばれたこの二つの通りを並べてみたところ、全体の構造や、駿府城とリージェントパークの配置も、スケールは異なるが、よく似ている。東西各々のピカデリーが主要街路の屈折する角地近くに位置していたこともそっくりではないか。

このように見てみると、なるほど、七間町通りにあったピカデリー座という命名が、妙にすっきりと腑に落ちた。当時の命名担当者の慧眼でもある。ピカデリーの名は、間違いなく静岡の地で引き継がれ、街と映画館の灯りをともし、そして消えていったのである。

参考文献
Dana Arnold, Rationality, Safety and Power: The street planning of later Georgian London1995
Richard Bosch architect, Development of Regent Street: An Amazing Event of Turns?

筆者:川合
ドイツを中心にヨーロッパの大都市、小都市(独ロマンチック街道、仏プロバンス、伊トスカーナ)に魅せられ、ヨーロッパでの生活、旅についてツーリズムサイトあるいは某芥川賞作家の運営するサイトにてWEBライターとして執筆。
ミュンヘン工科大学にて博士号取得。ドイツ、ミュンヘンの設計事務所に勤務し、ミュンヘン郊外のプリンツオイゲンパーク大規模住居エリア開発では、中核となる建物の実施設計などを経験し、帰国。